相似的関係
それで考えたのですタイプやグループのちがうポケモン、もしかすると両方かけはなれたポケモン同士だとしても、ずっといっしょにいたらおなじような行動をとったり習性が似てくることがあるのじゃないかって、相棒とトレーナーのあいだとか人間同士だったらそんな話もしょっちゅう聞きますよね、でもポケモン同士でもそうだったらとっても興味ぶかいと思って。
あたしはあるかなしかの息つぎだけでそこまで言いおえた恋人にまず感心してから、そうかなあ、と内心首をかしげた。
疑問だ。『相棒とトレーナーのあいだ』でも『興味ぶかい』でもなく、『人間同士だったら』の部分が疑問だ。だって、つい最近思いついたという仮説を語りながら気分がたかぶってきたらしく、いまや胸元でちいさくこぶしをにぎりしめているヒカリとあたしは、似ていない。これだけの年月をいっしょに過ごしているにもかかわらず、似ていない。まぎれもなく人間同士だというのにそれはもうまったくと言っていいほど、似ていない。
髪の色や質、個々のパーツのかたち——はさすがに冗談にせよ、後天的に身につくはずのしぐさや習慣についても、似てきたとあらわせるほどの変化はないように思う。何年経ってもあたしは整理整頓がにがてでおおざっぱなままだし、几帳面な恋人の生活習慣やふるまいがあたしの性質へ寄ってくるようすもない。
言葉の切れ間に相づちを打ってから、ふと思いついて自分のももをかるく打ってみる。ソファから腰を浮かせたヒカリにまたがられるかっこうになり、座りやすい位置を探すおもみとぬくもりが数秒間脚のうえでごそごそとゆれうごく。その間も視線はまっすぐ合わさりつづけ、そのまま首のうしろへ腕をまわされた。
脳のどこか反射をつかさどる部位が、ここへどうぞとうながすジェスチャーを拾ってほぼ機械的に体を操作しただけで、自分の行動に対する感情や思考は本人の意識のうちにないんだろう。あいまいな表情を浮かべたあたしがきらきらかがやく瞳の表面に映りこんでいるけれど、おそらくきらめきのみなもとは恋人への愛情というより研究への期待であり、あたしに抱きついているのもまた、単に姿勢の安定をもとめる無意識の所作だ。
「だからこんどですね」
平然と話をつづけだされたので、推測をほぼ確信にかえた。あかるいリビングで見るにはそれなりに刺激的な体勢とアングルだというのに、いきいきとした表情がまぶしくてかわいいのに。自分へ向けられたものではないと思うといまいち胸がおどらない。
「——ミツハニーとチェリンボで検証してみようかと、この二種はタイプがちがうといってもほぼ共生関係ですからある程度想定どおりの結果になると思いますけど、ほらまずはそういう組みあわせからはじめたほうがいいでしょう?」
うすうすみちびきだされつつある結論を脳裏へ浮かべながら、気配を感じさせないようゆっくりと腕をあげる。ながくいっしょにいると似てくる、そもそもそんな話を真剣に信じていたわけでもないけれど、それでもいちおう、念のための、最後のひと押しはこころみておかなければならない。
「……なるほどね」
「よかったシロナさんならぜったいわかってくれると思いましたあ、ミツハニーたちの検証が終わったらそれ以降は、んっ、データをとる二種の生息域とタイプを段階的にはなし、て、いくつもりで……」
背骨をなぞってみる。腰をなであげてみる。けれどいずれのときもたった一音ノイズがまざるばかりで、最小限の息つぎだけでつむがれつづける熱っぽい語り口は、いっこうに立ちどまる気配を見せなかった。
あたしも興味のある分野に対してはかなり没頭してしまうたちだ。自覚がある。けれどなにをされても気がつかない、自分の思考以外を意識のそとへ追いやってしまっている、そんないまのヒカリの没頭ぶりにはおよぶべくもない。
よって、すくなくともあたしたちのあいだにかぎっては断言してしまっていいのだろう。ながい時間をいっしょに過ごしたからといって、人間ふたりは似てこない。意識がほかへ向いていようと言葉を用いなかろうと問題なく意思の疎通がとれる、それを可能にするほどの期間ともに過ごしている恋人とあたしの性質が、こんなにもかけはなれているのだから。
ひとまず結論をはじきだし、ついでに年月のもたらした信頼も再確認する。あたし以外の人間と相対している状況でここまで無防備になることもないはずだ、たぶん。そう考えた瞬間、心配がべつの感情へ置きかわるのを感じてちいさく息をつく。上体を引き、なにも気づかないまま話しつづけるヒカリから距離をとった。
ようやく恋人の没頭がゆらいだ、言葉がはねる程度のことではなくもっと決定的にそうなったとき、おそらく時計の分針は、最大限に見つもってもみっつほどしか進んでいなかったと思しい。しかし流暢かつすみやかすぎる口ぶりのせいで、話はもはや過去へ向くところだった。先のこと、たとえば検証の予定や展望なんかはとうに語りつくされていたからだ。
「たまたまちかづいてみてほんとうによかったですあのコリンクとパチリス、なんだか気になっ、て……えっ、ちょっと、なにしてんですか、なに?」
もものうえのからだが一瞬浮くように飛びはね、背中の腕がほどける。片腕を腰へそえ、ぐらつく姿勢をささえてやった。動揺のあまりいつもよりくだけている口調がおかしくて、つい唇のはしがゆがむ。こぼれかける笑いを鎖骨をあまがみすることで喉の奥へ押しこめ、顔をはなした。
ヒカリの話は仮説を思いついたきっかけへ、まあすでに一度聞いているのだけれど、とにかくあらためてそこへ差しかかっていた。一方こちらはといえば、皮膚ごしに波うつ肋骨を順に指でたどっていきながらインナーごとセーターをめくりあげ、いよいよあらわになった鎖骨に口づける段階だった。
「なにって。さわってる」
「それはわか、わかり、ちがいますそうじゃなくてっ」
「そうじゃなくて、なあに」
「わ、わたしの話。ずっと、聞いてくれてなかったのですかってことで」
「あら、ぜんぶちゃんと聞いてました。クイズでも出してみる?」
仮に話の内容について出題されたところで、すべて正解してみせる自信があった。おとがいの先でうわ目ぎみに自分を見るあたしの目の色から、ヒカリもそれを読みとったらしい。聞いてたからってそういう問題じゃ、とかなんとか口ごもりながら、おずおずとあごを引いてうつむく。そうしてすぐ自分の体勢に気づいたようで、はじかれたように顔をあげ、なにか、十中八九抗議を述べたげに口をぱくぱくとさせた。
「ヒカリが乗ってきたんだからね」
思ったよりも平然とした声が出て、自分でもおどろく。あたしがうながしたという部分について口をつぐんでいるだけであくまでもうそはついていないから、ひょっとするとそのあたりがにじみでているのかもしれない。前例に思いいたって苦情の矛先を見うしなったらしく、「うう」とうめくばかりのヒカリを見ながら、そんなことを考える。
「ほら、そんなのだって自分でわからなかったくらいでしょう。研究熱心なのはいいけど、ちょっと心配になるからあたし以外のまえでは……」
「……シロナさんだって。ひとのこと言えませんから」
あたしたちは似ていない。それがわかって、わかったらこんどはこちらを振りむいてほしくなった。それもかなって満足した。だからあとは、かたちばかりの忠告でもしておけばいい。そう思いたったとたんにくるしまぎれにしたって妙なことを言われ、あたしはたじろいだ。思わずはなしてしまった手からセーターがずりさがってきて、白いデコルテを隠した。
「なんの話?」
「……すこしまえ」
「うん」
「イッシュの海底遺跡のこと、お話してくれたのおぼえてますか」
「……うん」
「そのとき」
「あ。……あー、待って。うわあ、わかっちゃった。そういえばあのとき」
すこしまえ。イッシュ。海底遺跡。みっつのキーワードから立ちのぼったとある光景が、夏の陽炎のように視野をちらつく。なんだかほんとうに猛暑のなかに立ちつくしているような、頭がくらくらしてくるような錯覚をおぼえて、思わずこめかみをおさえた。
数週間まえのことだ。
現地の団体が水中考古学の推進を目的としたプロジェクトを立ちあげた、そんなニュースが届いた。概要を把握してすっかり興奮したあたしは、そのいきおいのままリビングで恋人をつかまえると、くだんの海底遺跡について演説をぶちあげたのだった。
それから、そうだ、あの日。ひとしきり話を聞いてもらい満足したところで湧きあがってくる研究意欲にいてもたってもいられなくなり、早足に書斎へ向かった。そうして本棚の関連する書籍をかたっぱしから手にとり、いざ机にひろげんとした段階で、背中が妙に開放的なことに気づいた。
「——ホック、はずれてた。なにかの拍子にそうなったんだとばっかり思って、気にしなかったけど。あれ、ヒカリがやったのね」
語尾をあげずに訊ねても、恋人はなにも答えない。けれど弁舌をふるうほかへの意識がそぞろだったのを指摘し、ひとのことを言えないとかえされたやりとりの流れをふまえれば、これ以上に雄弁な沈黙があるだろうか。
あたしとおなじように——かどうかはわからないけれど、とめどなくつづいただろうあたしの話を聞きながら、ヒカリもある段階で、没頭の度合いがどれほどかをためしてみようと思いたったのにちがいない。そして結果は。案の定だったというわけだ。
あたしたちはやっぱり似ているのかもしれない、と手のひらをかえす。それならあの日の恋人も、こんな心境だったのだろうか。いきいきとした表情がいとおしいのにそれが自分に向いていないのがさみしい、はやく気づいてと、子どもじみた衝動で彼女にふれた、あたしのような。
苦笑して、うすうすこたえの知れている問いを口にする。
「あたしの話、ちゃんと聞いてくれてた?」
「……わたしもクイズ、出してもらいましょうか。自信、ありますから」
「うん、そうだと思った。……あーあ。いいタイミングで逃げられちゃって、ざんねんだったわね」
「逃げられて?」
「言いかた、へんかしら。だってあたしがちょうどリビングから出ていって、それでやめたんじゃないの? ホックだけはずして」
なんの他意もなくはなった、ただの軽口だった。だからきょとんとした顔のヒカリはあたしが言ったことをあいまいに肯定しておけば、それだけでよかった。最悪でもおぼえてないと言っておけば済んだはずの話だった。
なのに問われた瞬間、ぴしりとかたまったりするからだ。一拍をおいてこまったように眉をさげ、顔を赤く色づかせたりするからだ。そんなすきを見せるものだからこの話を健全に、かつうやむやに終わらせる機会は永久にうしなわれた。あたしは察して、ヒカリもまた、あたしが察したことを察した。おたがいにおたがいの目の色から、それを読みとっていた。
「……ふうん。なるほどね」
あきらかによからぬことをたくらんでいる。そういう不穏な声音になったのが、ぎょっとしたように目を白黒させるヒカリの表情からうかがいしるまでもなく、自分でもよくわかる。
ヒカリがあたしの脚のうえに乗っているのも、あたしがヒカリの腰をささえているのも、自分でそうしたとはいえできすぎなのではないかと思うくらいにつごうがよかった。もものうえのからだをよこたえてソファとのあいだにとじこめるのはひどくかんたんだったし、唐突に重心をくずされたヒカリが反射的にあたしの肩へしがみついてきたので、最初からそれを意図していたみたいにむだのない軌道で唇をかさねられた。ちいさく音をたてて顔をはなした。
「ん、積極的でなにより」
「語弊がありますし、いま、そんなスイッチはいるようなところ、ありました?」
「それこそ語弊があると思うわ」
「……なに、が」
ふしぎそうな声音をかすめとってキスを再開する。並行して、中途半端にめくれあがったままのセーターのしたへ手を差しいれ、慣れしたしんだ順番をなぞっていく。やわいところとかたいところを交互に、かたちをたしかめるうごきと表面にふれるだけのうごきを織りまぜながら、あまさず撫でていく。
語弊というより、誤解があった。こちらを向いてほしいという感情のスイッチならとっくにはいっていたから、たったいまはいったというのは適切じゃない。そしてあたし自身も直前までそう思いこんでいたのだけれど、スイッチにオンかオフかの二択しかないというのも、おおきな誤解だった。
手を背中へ回りこませてたどりついた肩甲骨のふもとを、指のはらでノックするようにかるく打つ。そのころヒカリはあたしの肩を押しかえして距離をとろうとするとか、歯列をなぞる舌を追いだして唇を引きむすぶとか、そういうささやかな抵抗のポーズさえとれなくなっていた。
なんにせよ、もうやさしい気持ちで手を止めてやることはできない。座面のうえでとろけてしまったみたいにくったりとうごかない胴体を浮かせる。されるがまま弓なりに反った腰の線を腕に抱いてささえ、笑いまじりに問いかけた。
「あたしが出ていっちゃったから、じゃないなら、なんでやめたの」
「う、あの、シロナ、さんが……あ、んっ」
「あたしが。あたしのせい? ちがうわよね。ヒカリが、どうしたらいいか、わからなくなっちゃったんでしょう?」
「そ、じゃ……っや、あ、あ、待って」
「いつもされてるのとおなじこと、すればいいだけ。じょうずにできるかどうか、そんなに心配?」
言う間に指先で難なくほどいた下着の金具を指先でもてあそびながら、ああ、と思う。何度も書きなおしたせいでいまだにインクのかわききっていない考えをもう一度、こんどこそ最後だと確信しながら上書きする。
ヒカリとあたしが二択だと思っていたものはそうじゃなかった。オフと、オンと、その先だ。こちらを向かせたくなって、向いてくれたからいったん満足したのに、あの日もそうだったんだろうという表情をするから。もっと先のすがたを見たくなって、声を聞きたくなってしまった。
いまはもう腕のなかの全身が、骨の稜線をたどるごとにあつくなって、腰をなであげてやるごとにふるえる。ねむたげにとろけたヒカリの目が、先ほどまでの話ぶりがうそのようにきちんとした言葉をむすべなくなり、あまい声だけを吐きだす唇が、あたしを、あたしだけを見て、呼んでいる。
この光景が見られて、聞けて、ふれられる、一度そう思ってしまったらもうなにがあってもやめられない。どんな経緯があったにせよ、どんな心境だったにせよ、途中で踏みとどまってしまえたというのなら、あたしたちはやっぱりどうにも、似てなんかいないんだろう。
「ねえ、いつも言ってるじゃない。あたしはいいのよ。ヒカリになら、どうされたって」
うそじゃない。ただ、今日以外なら、というだけで。そんな本音は平然と飲みこんだままささやいて、唇を耳元へ持っていく。つづける言葉は鼓膜へ直接吹きこんだ。それでもそんなに好きなの。されるのが。
言葉につまる気配があって、やがてわずかにあごをかたむけたヒカリの、かすれた返事があたしの首元へぶつかる。ぬるく湿った肌がかわくより先に首へまわった腕に抱きよせられながら、笑みを隠しもせずにあたしは言った。
「そうだと思った」